あるどうでもいい習慣

大学時代の出来事

 あるどうでもいい習慣を、社会人の先輩から伝授されたのは、大学3年の春だった。サークル活動先の東北に向かうため、社会人の先輩と、都内から東北自動車道を北上していたのだが、サービスエリアで休憩するたびに、その先輩はご当地ジャンクフードを屋台で買っていたのだ。

 「そんなのよくある光景だろ」

 たしかに思うかもしれない。いや、違ったのだ。あるどうでもいいこだわりがあったのだ。

 まず、人の並んでいない、いかにも人気のなさそうな屋台を狙う。この時点では、「待つのが嫌なんだろうか?」ぐらいにしか思っていなかったのだが、そうではなかった。

 肉まんを1つ頼むとする。両手でちぎり、ジュッと出てきた肉汁を吸う。まだ湯気が出ている状態で、ハフッハフッと、少しずつ食べ始める。

 「ただの食いしん坊じゃないか」

 そう思うかもしれない。いや、違ったのだ。時間をかけてゆっくりと、店の前で食べつづける。すると、目の前を通った家族づれが、この人の姿をチラッと見る。

 そして子どもが呟くのだ。

 「ママ、あれ食べたい」

 先輩はひとこと「ね、並んだでしょう!」と、何ともうれしそうな表情を浮かべていたのが忘れられない。つまりこの人の狙いは、自分が食べること自体ではなく、美味しそうに食べるシーンを見せて行列を作らせることだったのだ。

 実況マーケティングと先輩は呼んでいた。実にどうでもいい習慣。このサークルは変な人間の集まりなのでは、と思った。ところが、不思議なことに、次のサービスエリアから自分もやりたくなったのである。

自分もやってみたのだが

 いくつかコツが要った。まず、人が並んでいない屋台を見つけるのが意外と難しい。そして、本当に誰もいないと、ただ1人で食べるだけになってしまう。人が近づいてきたタイミング、それも家族づれやカップルが来たときが重要なのだ。

 そんなわけで以来、自分もサービスエリアに降りた際には、串焼きやまんじゅうを買って、屋台の前で食べるようになった。東北道の場合、福島らへんで切り売りされたモモやリンゴも効果的である。

 「本当にどうでもいい話だったわ」と思われたかもしれない。だが1つ約束する。これを読んでいるあなたも、次に車で旅をする際には、屋台で試しているに違いない。

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