お父ちゃん「準備できているか?」
モンゴルのホームステイ2日目。乗馬から戻り、馬乳酒づくりを手伝う。ファミリーが絞って絞ってきた馬乳をプラスチック製の樽に入れて、木の棒でかき混ぜる。攪拌することで味がまろやかになるのだそう。耳を澄ますとシュワシュワ……と泡立つ音が聞こえて、発酵が進んでいるのが分かる。
さっそく少し柄杓ですくって飲ませてもらっていると、お父ちゃんにモンゴル語で「準備はできているか?」というようなことを聞かれ、カメラのシャッターボタンを押すような動作をした。ゲルの外に出ると、1匹のヒツジが…。
おごそかな営みだ。お兄ちゃんが後足を、お父ちゃんが前足をつかみ、心臓近くをナイフでえぐる。仰向けではないせいか、血は出ていない。横隔膜付近に腕を突っ込み、脈を引き抜いて30秒ほど経つとヒツジは息絶えた。
硬くならないうちに解体が始まる
ここからが芸術を見ているようだった。ヒツジは引きずられながらゲル内に運ばれ、お母ちゃんが棚から鍋を3、4つ出してくる。お父ちゃんとお兄ちゃんが腹から順番にナイフで皮をはいでいく。まるで「着ぐるみを脱がせている」かのような手さばきだった。
最初に出てきたのは胃袋。消化物(草など)はゲルの外で捨てていた。さらに五臓六腑があり、1つ1つを取り除いていく。肋骨の付近にたまった血も、茶碗ですくい取り、捨てずに鍋に溜めていく。
内臓や腸管を洗って肉詰め(つまりソーセージ)にするのは、お母ちゃんの作業のようだ。私も手伝えることがないかガイドに尋ねると、「意外と難しいんですよ」ということで、ふたたび馬乳酒の攪拌係になった。ヒツジの解体作業がひと段落すると、お酒を勧められた。「チンギスハーン」という乳清を蒸留した強いお酒で、40度ほどある。ショットグラスで飲み干すと、同じグラスでファミリーに注いで、回していく。
お母ちゃんが、さばきたての肝臓(レバー)をかまどで焼いてくれて、ふるまってくれた。これがめちゃくちゃ美味しかった。バッテリーとアンテナでテレビも見ることができ(なぜか韓国ドラマが流れている)、ゲルにいる限りはモンゴルの平原にいることを忘れるかのような雰囲気。
ヒツジの臓物シチューが完成
1時間ほど経って今夜のメインディッシュ、ヒツジの臓物煮が出来上がった。見た目から味を想像するのは難しいかもしれない。動物園のふれあいコーナーのような臭いはするものの、豚骨ラーメン屋にも似た臭いで、聞いていたほどの嫌悪感はない。
「あなたはお客さんだから」と、大きな臓器(腎臓?膵臓?)を皿に盛られる。あばら骨も、ナイフで肉をこそぎ落として食べていく。味つけは塩だけだけど、脂とガラで出汁が出ているので、すごく美味しい(40日間の中で振り返ってもこの食事が一番美味しかった)。
蛇足:ベッドルームのストーブは…
ホームステイ中に私が泊まるのは100メートルほど離れた場所にある離れのゲル(冬用のものを夏にゲスト向けに貸しているそう)なのだが、9月中旬でも夜は息が白くなるぐらいには寒い。
戸締りをして、厚着して寝ようとしていると、外から昼に馬に乗せてくれたお兄ちゃんの声が聞こえる。ドアを開けると、両手にパンパンの麻袋を抱えたお兄ちゃんが。
麻袋の中身は馬糞、つまりウマのウ○コ。スコップで3,4杯すくってストーブに入れ、バーナーで火をつけてくれた。意外にも臭いはまったくしない。昔ドラえもんの絵本で読んだことがあったが、そういえばモンゴルでは馬糞が燃料になるのだった。ウ○コに泣かされたのがこの旅のスタートだったが、ウ○コのおかげで暖かく寝ることができた。